イラク、常に死ととなりあう無法状態、水や電力すらままならぬ日常、国内外に想像を絶する難民を生みだし、そして政治的混迷。だがイラクが初めからそんな処だったわけではない、希望の時があった、貧しくても、ほんの一時でも、1970年代の終わりごろに。それから累々と戦乱の日々で時が経って仕舞った、今、イラクがイラクになろうとする時にその希望の源泉となるだろう時を思いだして欲しい。
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かつてイラクで私は双葉のような新しいイラク市民の誕生に立ち会った、その感慨が今日なお私をイラクに呼戻す──北イラクの山間地クルディスタン、遺丘のニネヴェ、中原なるバグダード周辺の曠野や湖水、日干レンガの遺跡・・・そしてまさに水のはざまなる南イラクの湖沼地帯、水のはざまこそがメソポタミア、太古の文明の揺籃地だった。今日、失われつつあるもの、早くも失われて仕舞ったもの、また港湾都市バスラの市井、そうしたものの幾つかが此処に記憶されている。
記・黒姫のよしはら